50歳の夫は1度だけ
35歳で転職経験しました。
妻が勧めた転職です。
夫には前妻との※離婚借金と
育英会の借金700万程ありました。
東北地方中小で働き
頑張って節約しても不景気で
残業代と賞与激減し苦しくなった時
家族で話し合い夫を転職させました。
※離婚借金とは
性格の不一致が理由でしたが
戸籍を汚す代償に前妻が現金請求
夫の借金については下記

借金の負担額が大きい

手取り21万から借金天引後の15万内訳↑
概算で示しています。
結婚当初から借金700万家計で
毎月の手取りから
労金借入れ分43,780円が給与天引
夫婦の奨学金が20,000円支払い
結婚当初手取り約21万でも
借金で約6万円引かれ
子供3人いると厳しい家計でした。
※残業や夜勤手当が頼みの綱
妻残業代をアテにしてた
バカな私に喝です。
節約して暮らすのも限界


【給与の3割占めた借金】
手取り約21万に対し
-63,780円の借金は負担でした
離婚・車ローン 43,780円
奨学金(夫) 15,000円
奨学金(妻) 5,000円
大学院卒でも手取り21万でも
借金があるため15万で生活↓


親への仕送りをやめて
独身時代の保険も解約し
工夫し節約↓やりくりしました。


結婚当初から
家賃は本気で見直しました↓
2011年東日本大震災の際
海外の取引が激減し大打撃。
夫勤務していた東北の中小は
残業代、賞与が制限され
他部署は基本勤務減り月給減少
会社の不景気は
毎月の残業代で繋いでいた家計に
大打撃でした。
残業代に頼ってた
自分のアホさに気づきました。
家計回復を夫婦で話す


残業代と賞与がなくなった年
生活が行き詰まり
子供手当てを生活費にしました。
頑張って働く夫に申し訳ないけど
「このままじゃ破産です」
家計預かる妻は夫に相談。
【夫婦で話し合った事】
1共働き案
2副業案
3夫転職案
共働き案


2011年当時、子供は0歳、1歳、3歳
乳幼児のワンオペ育児は厳しかった。
朝出勤した夫は突然
夜移動の出張を言い渡されたり
1ヵ月仕事で長期不在になる事もある
激務サービスエンジニアでした。
妻の実家は遠い沖縄
夫の実家は同県内でも車で3時間
妻が働くのは現実厳しい状況でした。



共働きはハードル高く
真似できません。
それでもパート応募の電話したら
勿論、電話で門前払いでした。
当時は定職に就いてないので
無認可保育園に預けるのですが
乳児の無認可保育料が高額でした。
※役所に相談しましたが
当時の認可保育園は基本定職勤務が必須。
親と同居率の高い地方では
パートにも就けない現実に直面。



子供増やそう!
共働き推奨!
狭間の氷河期世代には
厳しい環境でした。
→夫仕事辞めて夫両親の家に居候し
夫婦で共働き案も考えましたが
田舎に越すと仕事がないので本末転倒です。
副業案


可能な限り
妻が在宅でモニターサイト登録し
覆面調査や定点撮影やポイカ活
ヤフオクなど可能な限り
小銭は稼ぎましたが僅かなお金です。
夫も隙間時間にバイトすると申しても
激務なので出来る訳がありません。



2026年現在みたいな
スキマバイトや
YouTube配信あれば
稼げたかもしれません
夫は仕事、妻は家事育児だけで精一杯で
株投資をする資金はありませんでした。
夫転職案


ある日の夫婦の会話がきっかけ。



製造部が不景気で
1週間2勤5休になり
3割給与カットされた。
でも俺SEだから大丈夫。



視野狭すぎ‼
会社の景気は深刻だよ。
頑張って働く夫に申し訳ないけど
住み慣れた東北を出る覚悟で
景気良い企業への転職を勧めた妻。
家計を預かる妻は
揺るがない現実データ家計簿を広げ
夫に転職を提案しました。
【夫の親には内緒で転職話】
地方の大学院卒業し
教授推薦の中小企業に就職。
氷河期時代の新卒採用は有難く
夫親は終身雇用が常識でした。
家計は親に頼れない


実家が裕福なら
生活費借りれそうですが
親に頼れなく自力で考えたら
転職が最有力候補でした。
当時勤続10年の夫
貧乏暇なしでしたが
パワハラなく一般的な地方中小企業
地方では終身雇用が常識で
2011年から2012年に頃
多少不景気だった事で尚更
転職話をしたら否定意見が多数でした。
心配してくれるのは有難いけど
家計は背水の陣なので
やるしかなかったのです。



転職先での人生が
吉でも凶でも
受け入れる覚悟です
人生の責任は
夫婦で取ります。
妻は元々教育関係職で
学生の就職活動の支援もしていました。
そう流れもあり
日々激務の夫に代わり妻が転職活動開始。
転職狩る銅は次回へ記事へ続きます。
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