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2006年新婚当初【生活費15万円の内訳】当時は物価が安かったけど生活苦

2006年頃
長男誕生する前後の家計は
生活費15万円で生活していました。

記事通り食費3万でも工夫しました。
長男の出産を終えてから
家賃、奨学金返済等々
色々家計の見直しをはかりましたが
初期の家計簿を参考下さい。

目次

生活費15万円の内訳

2006年当時、夫の手取りは
給与から借金引かれ残業代が足され
約15万円~20万円程でした。
(※少し複雑な計算です。)

※上記表は15万で計算しています。
残業代が多い月の給与と賞与分をは
食費や臨時出費の補填に充てました。

当時の手取り平均額は15万円
という記事は下記を参考下さい。

食費・日用品が3万円

画像↑2011年頃です。

食費3万で賄えるわけがなくて
本当に貧しかったので
夫の実家から米と野菜を頂き
肉と魚は閉店間際のOFFシール待ち
牛肉は50/g で購入してました。

2010年前後は
牛肉(輸入)99円/g
秋刀魚1匹25円/g
の時代でした。

食費・日用品の支出額が
少ない時は3万円と表示していますが
残業代と賞与を補填し米や野菜を
実家から頂けて生活できたと思います。
物価が安かった事も好条件でした。

魚は時価で輸入牛肉も社会情勢次第です。
2025年 秋刀魚1匹安くて100円で歓喜↓

当時、ほぼ週末に
夫の実家まで車で2時間かけ移動し
御飯を御馳走になり1泊し
野菜と米を頂きアパートへ戻る生活。

夫の実家は元兼業農家で
今は趣味で野菜を多種栽培し
米は地元の米農家さんから
古米や古古米を
無料同然で頂いてました。

週末実家通い↓日記ブログで紹介

家賃5万円は身分相応でない

当時住んでたのは
夫が私を迎え入れる為に借りた賃貸
1LDK5万円のアパートです。
有難いのですが
支出の割合で1番高い家賃は削減対象で
第1子誕生直後に安い家に引っ越します。

★住まいについては別記事で

奨学金は返還期限猶予で対応

【奨学金返済】
妻は5,000円に減額返済
夫は返還猶予手続きしました

夫の奨学金は借金で困窮という事で
返還猶予してもらいました。

目の前の
切羽詰まった生活の為でしたが
奨学金返済が後回しになり
全額返済したのは夫40歳でした。

育英会奨学金返還猶予は
特別な理由がある場合に限り可能です。
当時は作文書類、職場の押印等が
必要だった記憶ですが
詳細は日本育英会のHPを確認下さい。

必要な方には有難い奨学金ですが
出来るだけ自分の子供には
奨学金という借金して欲しくないので
教育費の用意と子の進路は熟考します。

親への仕送りをやめました

夫は1万円
妻は5千円(母のスマホ代)

第1子誕生後に負担を話し
親への仕送りを辞めました。

夫は兄弟の中で
1人だけ大学進学させて貰ったという事で
結婚後も実家に仕送り1万/月を続け

妻は就職直後から
怠惰でスマホ利用料支払い忘れる母に代わり
家族契約し母の使用料5千/月分も
自分の分と合わせて支払い続けました。

さすがに自分達の生活が成り立たない為
長男誕生後に話しあい仕送りを辞めました。

生命保険と入院保険は解約

独身時代の妻の入院保険解約
夫は保険未加入でした

一般的には結婚と同時に
保険にはいるものですが
保険金払う余裕はありませんでした。

保険は自動車保険と
賃貸契約時の火災保険だけでした。

自動車保険も
一括払いは厳しく
毎月払い(車両補償無)です

自動車保険も
三井住友海上を解約し
ネット保険に切り替えました

節約と賞与残業代でやりくり

2006年頃~2010年頃
30代前半大学院卒夫
年収は約350万~400万円程

2006年から東日本大震災までは
安定して残業代と賞与は支給され
思った以上に
夫の会社は潤っていました。

残業代があり年収400万円程で
少額づつ運転資金として貯金もしました。
ただ基本給は年に1度昇給しても
1,000~2,000程/月額 でした。

残業代や賞与で
生活して安泰と思っていた当時の私は
今考えるとバカですが
目の前の生活が出来れば平和でした。

新しい服を買わなくても
美容室に行かなくても
閉店間際に買物しても
知り合い居ないので平気。

貧乏生活時代の様々工夫は
別記事で紹介していきます。

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